その先にあるもの 〜treasure〜 幻想水滸伝


「……もう、終わりにしよう」
「……出来ない」

 今にも消えてしまいそうなほど白い顔。

「出来ないよ!ジョウイ!」
「でも、僕はもう……」

 いやだ。
 こんな形で君を失うなんて。
 僕は絶対に嫌だっ!

「君がなんと言おうと、僕には君を殺す事なんて出来ないっ!」

 君と一緒に歩んでいける道を見つけると、そう、決めてたんだ。
 戦争なんて関係ない。
 ハイランドも、新しい国もどうだっていい。

 僕が、君が、それぞれのリーダーで。
 我慢してきたこともいっぱいあったよね。
 いつも一緒にいたかったのに。
 それだけで良かったのに。

 やっと。
 やっと本当のジョウイに会えたと思ったのに。

「君だけは、死んで欲しくないんだ……」
 絞り出すようなジョウイの声。
「僕はたくさんの人を死に追いやった。その僕だけが……生きてるなんて事は、許されない。でも、君は、君とナナミだけは……」

 失われてしまった笑顔。
 ここにはいない少女の姿を思い、沈黙が訪れる。

「僕達の紋章を……一つにしよう……右手を……」

 とても、辛そうな顔。
 僕とナナミが喧嘩すると、いつも困ったような笑顔を浮かべてたジョウイ。
 ナナミと喧嘩して、負けると分かっていてもどこか幸せそうに見えたジョウイ。
 僕達の側で、穏やかに微笑んでたジョウイ。

 僕達が大好きだったジョウイの明るい表情はそこにはない。
 どこまでも、紋章に支配されてるようにさえ見える、昏い影が落ちた頬。

 そんな辛そうな顔を見ても、僕はこの右手を掲げられないんだ。
 エゴなのかもしれない。
 目の前に苦しんでいる親友がいても、僕は楽になる方法を与えてあげられない。

 だって。
 僕は、君を失いたくないんだ。絶対に!

「このままじゃ…君も………」

 ―――僕も死ぬ―――

 そう告げるジョウイの顔は、これ以上白くなりようがないと思っていたのに、更に色を失っていく。
 ……まるで、今すぐにもこの世から姿を消してしまいそうなほどに。

 それでも頷くことなんて出来ない。納得なんて出来ない。

 ジョウイ。
 僕は、君と見付けなきゃいけない物があるのに……。 
 君と、一緒に……。

 一粒の涙が……右手の紋章に落ちた。

 その瞬間、辺りを照らす眩いまでの光。
 それが、僕達それぞれの紋章から発せられる物だと分かったのは、驚いたように呟くジョウイの声を聞いた時。

「体が……癒されていく………」

 そして突如現れたレックナートさんの言葉。その言葉に戸惑い、そして自らの罪の重責に瞳を曇らせ、沈んだ表情をしているジョウイ。
 黒髪の女性の姿が僅かな光と共にその場から消えても、ジョウイはきつく唇を噛んで俯いている。
 ……自らの心の内との葛藤。
 それが分かるから、僕は、何の声も掛けられずに、立ちつくすことしかできない。自分の心と戦うことは自分しかできないと、僕も知ってしまったから。

「……ジョウイという名を捨てても…僕は、僕でいられるのだろうか……」

 ジョウイが再び顔を上げた時。
 彼の瞳に浮かぶのは、先程までとは違う何か。死に臨む決意じゃなく、明日を見据える覚悟。
 その気持ちを確認させるように、深く頷いた。

「もちろん!」

 君が失ってしまったもの。
 君が犯した罪。
 ――でも、それは僕にも言えることなんだ。
 沢山の命を失い、多くの犠牲を出したこの戦いの責任が、君だけものだなんてことはあり得ない。僕にも……そして、それ以外の人達にも、あることなんだと思う。でも、だからこそ、僕達は失ってしまった、失われてしまったもの達の為に、これから先を大事にしていかなくちゃいけない。

 ……そうだよね?

 今はここにいない、大切な仲間に向かって心の中で話しかける。
 ここに、ナナミがいたら――。
 そう思って涙が出そうになってしまうのだけは、どうしようもないけれど。



「ここで……あの時、逃げ出さなかったら……」
 キャンプの跡地に足を踏み入れた時、後悔を含むジョウイの静かな声に、ほんの少し前のことだったような気がするあの光景を思い出す。

 ラウド隊長の裏切り。
 ルカ・ブライトの圧倒的なまでの存在感。
 今でもまざまざと脳裏に蘇る夜。
 ――あの夜から全ては始まった。
 ここで死んでいった沢山の仲間達に思いを馳せ、その魂が少しでも癒されることを願う。自軍の裏切りにより命を落とした、僕達の仲間。彼らの魂が、安らかであってくれればいいと思う。
 僕達がここから逃げ出さなかったら、歴史の流れはどうなっていただろうか。
 失われた命が、そのまま残っていたりするのだろうか。
 戦争の犠牲になった沢山の人達は、死なないで済んだのだろうか。

 二つの国の命運を賭けた戦争の――両軍のリーダーになってしまった僕達が、ここで、あの時に死んでいたら。

 二人で黙りこくってしまったその時、乾いた草を踏みしめる足音と、同時に聞き慣れた声が耳に入った。
「それは困ります」
「シュウさん……!」
 現れたのは、思ってもみなかった人。僕の側でずっと支え続けてくれた軍師。
「どうして、ここに……?」
 僕の問いには答えず、隣で堅い顔をしているジョウイにも、常ならぬ穏やかな表情を見せる彼。
「あなた方二人がいなければ、この地に平和は訪れなかったはずです」
 ――二人。
 シュウさんが、「僕」と言わずに、ジョウイと二人だと言ってくれることが嬉しかった。
 戦っていた時は敵なんだと、僕の親友であろうと無かろうと、戦いの場においては敵の大将でしかないのだと、あの時は確かに、無言の圧力でそう言っていた彼が、今はこうして僕達が二人でいることを認めてくれている。
 それが、何より嬉しかった。

 そして―――告げられた内容。

 ナナミが生きている。
 僕の姉さんが。
 僕達二人の、大切なナナミが――!

「お気を付け下さい」
 走り出した僕達の背中に降ってくる穏やかな声。
「いつか、この国に戻ってくることを願っております」
 心の中で小さく頷き、今まで支えてくれた彼に、口の中で届かないお礼を言って。……面と向かって言ったら涙が出そうだったから。
 隣を走るジョウイの顔を見る。

 ……うん、そうだね。いつか、きっと。



「ナナミ!!」

 戦争が終わったという話は聞いていたのだろう。ジョウイと二人、道場の前で待っていたナナミに飛びついた。

 感謝する。
 誰にかは分からない。今まで側にいて支えてくれた沢山の仲間かもしれないし、いるかどうかも分からない神様にだったかもしれない。
 こうして僕達が再びナナミと会えたこと。
 ジョウイと一緒にこの場所に立っていられること。

 溢れる涙は拭う必要もないと思った。
 嬉しいから。
 すごく、嬉しいから。

 だから、今はこのままで。

 目に入るジョウイとナナミの顔も、涙でぐちゃぐちゃになっていた。



 数日後、旅支度をしてキャロの街を出た時。思ってもみなかった意外な顔が、街の外で待っていた。

「よお、旅に出るんだって?」
「はい」
 しっかりと頷いた僕に、ひどく優しい表情を見せてくれる二人。
 大きな体と大きな声で豪快に笑う、いつでも優しく見守っててくれたビクトールさんと、僕が真っ暗な闇にいる時、一人じゃないんだと、真っ直ぐな言葉を掛けてくれたフリックさん。
 どちらも、僕にとってはかけがえのない仲間。

 隣にいるジョウイはやっぱり哀しそうな顔をしているけれど、二人は全く気にする様子もない。ジョウイが何か言いかけた時、首を振ってフリックさんが微笑んだ。
「何も言う必要はないぜ、ジョウイ。ようやく元に戻れたんだ。今までお疲れさん。もう二度と、大事なもんを離すなよ」
「……っ」
 俯いてしまったジョウイは、きっと泣きそうな顔になってるんだと思う。
「おまえ達が一緒にいる所が見れて、本当に嬉しいぜ。ナナミ、これからも弟をしっかり守ってやれよ」
「任せて!」
 当たり前のように話しかけてくるビクトールさんの、何もなかったような声が却って心を打つけど。ナナミはそれに当然、と言った顔で返事をする。
 僕達が大好きな、日溜まりのような笑顔で。

「僕は、一人じゃなかったんだね」
 フリックさんの顔を見て言う。
「当たり前じゃねぇか」
 相変わらずの豪快な笑顔で、僕の頭を撫でるビクトールさん。そんなビクトールさんを苦笑しつつ見やってから、フリックさんが静かに微笑んだ。
「ああ。言ったろ?」

 レックナートさんの言葉は、しっかりと胸に刻み込んだ。
 本来、争う二人が決着を付けることでしか終焉を迎えられなかった運命を覆すことが出来たのは、僕の側にいてくれた、いつでも一緒にいてくれた仲間達の思いがあってこそだと。

 一人じゃ為し得ないことが、一人じゃないから出来る。
 一人じゃ潰れそうになった時も、支えてくれる人がいるから進むことが出来る。

 そんな、当たり前のことを教えてくれた人。
 目の前の青年は、どこまでも優しい顔で、僕達を見てくれていた。

「また、会おうな」
 僕の頭にあった手を、そのままジョウイとナナミの頭にもやり、髪をくしゃくしゃにしつつ太陽のような笑顔を浮かべるビクトールさんに、ナナミが抗議の声を上げる。
「もう! 痛いよ、ビクトールさん!」
「ははは、ワリィワリィ」
「ったく、この馬鹿力め。少しは手加減したらどうなんだ?」
「うるせぇ。これが俺の親愛の表現なんだよ」
「やられる方はたまったもんじゃないぜ。このデブ」
「何を――!!」
 仲がいい二人の会話に、思わず僕達三人は吹き出してしまう。
「あははは!!」
「ちぇ、笑われちまったじゃねぇか。立場無いな」
「元々無いんだよ、そんなもん」
 それでも続く会話。でも、僕達が、特にジョウイが笑顔を見せたことを二人は殊更喜んでいるようだった。
 僕達を見る、そしてジョウイに向けられる瞳は限りなく優しい。

 いつか会おう。
 確証のない言葉も、酷く優しく心に残る。
 手を上げて去っていく二人の後ろ姿は、きっと一生忘れないだろう。

 どうして僕達が起つ日を知っていたのかは分からないけど、それだけ気にしていてくれたということなんだと思う。
 ――わざわざ来てくれて、ありがとう。

 ジョウイとナナミの顔を見ると、二人が頷く。
 三人で、小さくなっていくその後ろ姿に向かって頭を下げた。



「さて、僕達も行こうか」
 どちらからともなく、ジョウイと顔を見合わせる。
「二人で納得しないでよ〜! お姉ちゃんも混ぜなさい!」
「あはは!うん、分かってるよ、ナナミ。行こうか」

 変わらぬナナミの声が嬉しい。
 笑顔を浮かべられるジョウイがここにいることが嬉しい。
 諦めなくて、本当に良かった。

 僕には、宝物が二つある。

 あの時見付けようと思った、その先にあるものは。
 昔と変わらない、大好きな二人の笑顔だった。


「こらこら! 置いてっちゃうよ!」
 ナナミが離れたところで手を振っている。
 あれ? いつの間に。
 その横で可笑しそうに笑っているジョウイ。

 ……全くもう、声くらい掛けてくれてもいいじゃないか。

 そう思ったけど、でも、いいや。
 二人が側にいるだけで。
 それだけで、いい。

「待ってよ!!」

 走って二人の側に行く。



 大切なものは今、ここにある。
 僕の、側に。




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