ずっと一緒にいられれば、それで良かった 君と、ナナミと、僕と 当たり前のようにあった日常 当たり前だった光景 なぜ、僕達は離れてしまったんだろう どうして、進む道が違ってしまったんだろう 目の前が真っ暗だよ 何にも見えないよ ……苦しいよ…… ジョウイ 君は今、何を思ってる? + + + 「……どうした? 眠れないのか」 本拠地の屋上。 フリックは、隅で小さくなっている影を見つけた。 吹き抜ける、涼しく、柔らかな風。 フリックの視線が風を運んできた方向へと動く。 「いい風だな」 多くの仲間が集まったこの城の、リーダーである少年は、何も言わずに俯いたまま。 フリックは、その小さな影の横を通り、ゆっくりと足を運んだ。 革の重い靴が床と擦れ、ジャリ、という音が静かな夜に響く。 「こんな夜は……昔のことを思い出すな」 「……昔………?」 不意に響いたフリックの静かな声に、少年は初めて面を上げ、小さく聞き返した。 僅かに射す月光を映し、暗く光る湖面を見つめていたフリックが、微かな笑みを零す。 「ああ。だが、そう大昔って訳じゃない」 「……三年前のことさ」 三年前。 この地より南に位置する、トラン共和国。 かつて赤月帝国と呼ばれていたその地は、帝国大将軍の一人であったテオ・マクドールの子息率いる解放軍によって、新たな国に生まれ変わった。 が、その解放軍がまだそう勢力もなく、少年の手に委ねられる前――後に、初期解放軍と呼ばれる、その頃。 フリックは当時からのメンバーで、副リーダーだった。 その初期解放軍のリーダーであり、フリックの恋人でもあったオデッサが亡くなった後、その地位を少年に預けたと聞いたときの彼は、かなりの反発をした。 『おまえに、オデッサの代わりがつとまるのか』 そう言って、本拠地を飛び出す程に。 「俺は、あいつのことを尊敬してた」 唐突に出てきた『あいつ』という言葉だが、少年には伝わったらしく、疑問の声は出なかった。 「多くの物をなくし……かけがえのない者を失いながらも……それでも。前を向くことをやめなかった。最初、あいつがリーダーだと聞いた時は、絶対に認めないと、そう思ってたんだがな……」 言った後、苦笑気味に自らの前髪を掻き回し、再び言葉を紡ぐ。 「……いつの間にか、あいつだけは……あいつだけは守らなきゃいけない、と思うようになった」 肘を手すりに預け、上を向く。 「俺の大事な人が全てを任せた男がそんなヤツで、嬉しかった」 静かな夜。 しばらくの間沈黙するフリック。 「……一度だけ、今のおまえと同じ様な姿を見たことがある」 「……僕と?」 ぽつり、と零すように伝えられる内容に、虚ろな瞳を宿したままフリックの方を見つめていた少年は、僅かに声を震わせた。 その呟くような小さな声は、ともすれば風にかき消えそうだったが、フリックの耳には辛うじて届いたのだろう。 「ああ」 頷き、微かに、微笑んだように見えた。 その、小さく哀しげな微笑みは、まるで――そう。痛ましい少年達の姿を、哀しんでいるかのようで。 「あいつは自分の親父をその手にかけ、親友を紋章の中に……自分の、右手の紋章に取り込んだ。 その名の通り、魂を食う紋章は、貪欲なまでにあいつの近しい人間を奪っていった。……あいつの母親代わりの青年もな」 母親代わりの青年と聞いて、少年の脳裏には、彼の側にいた、過保護なまでの印象を受けた青年の姿が浮かんだ。 だが、今フリックの口から聞いたことが事実ならば――。 ぼんやりと考えていた少年に、フリックが尋ねる。 「この話を、誰かに聞いたことがあったか?」 少年は、首を横に振った。 そうか、とフリックが頷く。 「今でこそ生き返ってるが……そいつが――グレミオが死んだ時のあいつは、抜け殻のようだった」 ああ、そうか――。 少年が、鈍い思考の中で納得する。 あの青年が、幼子にするように、彼に接する理由。 彼が、それを否と言わず、どれだけ遅くなっても、あの険しい道を抜け、家に戻る理由。 きっとそれは、今フリックが話した内容と重なるのだ、と。 そして。 抜け殻、と言われる状態が、きっと今の自分をも指すのだと、少年は思った。 指一本にすら思うように力が入らない。 頭には靄がかかったように、思考は思うような形にならない。 今まで意志を伝えていた筈の声は、掠れて空気に溶けるだけ。 ――――胸が痛い。 「……涙は、見せなかったな。いや、泣けなかったんだろう」 過ぎ去ったはずの日々が、今此処で繰り返されている。 「泣くことも出来ず。全てを投げ出すことも出来ず。ただ、屋上に立ちつくしてた。何を見るわけでもなく、ぼんやりしていた」 そんな感覚すら起こさせる、二つの戦。――二人の少年。 「……今のおまえと同じ、空虚な目をしてな」 答えを待つわけではなく。ただ静かに、フリックは言葉を紡いでいく。 抑揚を極限まで抑えた声が、少年の耳に入り込む。 「大事な人間を失って、哀しいのは当たり前だ。だから人はそうなった時、大声で泣き叫び、取り乱す。全てを、投げ出したくなることだってあるだろう。でも、多くの期待を背負ってるヤツは、泣くことさえ……出来ない。それが、多くの人間に影響を与えるのを知ってるからな」 違うか? フリックの目が少年に問いかける。 少年は、微かに瞳を伏せた。 「……俺には出来なかったぜ。みっともないほどうろたえて、責任のないあいつに当たり散らした。言い訳一つせず、神妙な顔をしていたあいつに」 フリックの胸によぎるのは、後悔か、罪悪感か。 「……グレミオが死んだ後、あいつは魂が抜けたような状態だったんだ。あの夜の、人形と変わらない虚ろな瞳は忘れられない。――――が、次の日には普段通り、リーダーとしての顔を見せやがった。『僕は大丈夫だから』。そう、言ってな。たった一日で」 真っ直ぐな気性の持ち主は、かつてのそれを、鮮やかに思い出したのだろうか。 それまでは淡々と紡がれていた声に、僅かではあるが強い感情が混ざる。 「大丈夫なわけあるか。最も近しい人間をなくして、そんなに簡単に立ち直れる人間も、正気でいられる人間も――いるわけねえんだ」 そんなフリックの声が、少年の心に突き刺さる。 深く、棘のように。 「でも、泣くことを許されない人間は、自分の心を押し殺す事しか出来ないんだな。どんなに悲しくても、泣き叫ぶことも、涙一つ見せることすらせず、自らの魂が深く傷ついても、それを多くの仲間に悟らせることもない」 そんな、やるせなさそうな言葉の後。 「どれだけ、見えない血を流し続けていても、な」 親指で、トン、と自らの左胸を差し、そう言った。 「その時、俺はこいつを放っておくことが出来ないと思った。……初めて、リーダーであることの辛さを理解した気がした」 ふと、寂しげな光を浮かべる瞳。 少年は、フリックが何気ない仕草で握りしめた剣の柄を目にし、フリック自身がリーダーという人間の身近に在った事を――無論、それは人から聞いたことではあったが――思い出した。 「今になって考えると、俺は、何にも分かっちゃいなかったんだな……。勿論、今だって、おまえ達の抱えてる辛さを理解できる、だなんて事は言わないさ。……だが、その片鱗だけは…分かるような気が、する。――今は、な」 その声が、哀しさを感じさせるのも。 ―――どこか、包むような温かさを感じさせるのも。 だからに違いない、と。 「……おまえが辛いと、前を向くことがきついと、そう思った時は、少しの間休めよ。少しくらいの休息をしたって、おまえを責めるヤツはいない」 フリックは、真っ直ぐに少年を見つめた。 「おまえは一人じゃない。おまえは俺達のリーダーだ。俺達の、仲間なんだぜ。……まあ、家族には程遠いかもしれんが……おまえのことを心配してるヤツが大勢いる。リーダーとしてだけじゃない。おまえ、個人をな」 話ながら、フリックは少年の前まで歩み寄っていた。 そのまま、目線を合わせるようにしゃがみこみ。 「おまえは、一人じゃないんだ」 「……僕は、一人じゃない……?」 みんな、いなくなった。 大切な親友は姿を消し、袂を分かち。 かけがえのない姉は、凶刃に倒れた。 哀しくて、目の前さえ見えなくなった。 それでも? 「今は無理に前を向く必要はない。……その為に、俺達がいるんだ」 静かな声が少年の胸に染み入る。 頭に乗せられた手のひらから、温かさが伝わる。 生きている人間の、温かさ。 心が、ゆっくりと―――解けていく。 「………うん」 じわり、と浮かんできそうになる何かを隠すように、少年は頷いた。 + + + やがて、再び一人になった少年は、遠くに在る筈の光を探した。 泣きわめけたら、全てを投げ出すことが出来たら。 そうすれば、この痛みはなくなるのだろうか。 ―――違う。 それでも、大切な人は戻ってこない。 だから――――。 きっと、あの人も進むことしか、できなかったんだ。 その先にある何か。 それを、見つけるために。 そう。 きっと、ジョウイも。 + + + ジョウイ 僕は、君に会いに行くよ それが、たとえ戦争という形であっても 僕は、君に会いたい 会って、話をしたい なぜ、僕達は別々の道を歩むことになったのか なぜ、君は一人で行ってしまったのか 聞きたいことがたくさんある 探そう 僕達が、また一緒にいられる道を 明日、会おう 君の皇都、ルルノイエで 【 その先にあるもの / 幻想水滸伝 】 |