「あ、いたいた!ねえ、ビクトールさん、ダイエットの方法、教えて!」 酒場に来るなり縋り付いてきた少年に、ビクトールは目を丸くした。 「はあ?ダイエットだぁ?」 突拍子もない台詞に思わず素っ頓狂な声を上げたビクトールに対し、 「うんっ!」 そう力強く頷いた同盟軍リーダーである少年は真剣そのもの。 あまりにも真剣な瞳を受け、ビクトールは手にしていたグラスを置いた。 「しかし、なんでそれを俺に聞く?」 「ああ、俺も人選を間違ってるんじゃないかと思うが」 ビクトールの向かいでグラスを煽っていたフリックも、不思議そうな顔で少年の顔を見つめた。 どう考えたって、ビクトールの体型は、痩せているとかすっきりしているとかいう形容詞を当てはめるには無理がある。勿論、戦士として極限まで鍛え上げられた身体は硬く引き締まっているが、余分な脂肪をも内包しているようにも見えるのは気のせいか。 「このデブに聞くだけ無駄だとは思わないか?」 失礼すぎる台詞をサラリと吐いたフリックに、ビクトールが「あのなぁ!」と声を上げた時、少年が大きく首を振った。 「違うよ、ビクトールさんの話を聞きたいんじゃなくて、ビクトールさんに、フリックさんの話を聞きたかったんだ」 はあ?と二人が顔を見合わせ、次いで少年の顔を見遣った。 「どういうことだ?」 「今度は俺か?」 二人の問いに、少年は頷く。 「ここ最近、僕、体重増えちゃったみたいなんだ。なんか動きも鈍くなったような気がするし、この辺が……」 そう言いながら、お腹の辺りをさすり。 「……なんか、太くなったみたいで」 悔しそうに呟いた少年に、二人は聞いた。 「お前、毎日毎日、何処かしら出掛けてるだろう。しかもご丁寧にトランまでアイツ迎えに行ってから」 「あれだけ動いてて、なんで太るんだ?」 不思議そうな声に、少年はよくぞ聞いてくれました、とばかりに椅子に座り、勢い込んで話し始めた。 「二人は知らないかもしれないけど、ナナミの料理ってのはもう殺人的なくらいに素晴らしいんだよ。僕やジョウイは、ゲンカクじいちゃんが死んでから毎日毎日それを食べてきたわけ。人間、慣れってものがあって、どんな殺人料理だろうと、毎日食べ続ければ美味しいって平らげることも出来るし、お代わりだって出来るようになるんだ。身体動かせばお腹も空くしね」 姉の料理を殺人的と称する弟もどうかと思うが、あまりの勢いに二人は口を挟めない。 「でも、いくら慣れても体調の悪い時ってのは誰にでもあるし、人間離れした胃腸の持ち主になったおかげで腹痛を起こしたりして倒れることはなくなっても、お腹を壊すのはやっぱり日常茶飯事だったんだよ」 「そ、それは……」 「そんなに凄いのか、ナナミの料理ってのは」 二人の乾いた声に、少年はニヤリと笑って。 「試してみたい?」 そう、聞いた。 慌てて首を振った二人に、少年は、残念、と含み笑いをした後、自慢げに胸を張った。 「だから、僕達はぜっっったいに太らなかったんだ、今まで。食べれば食べる程痩せられるんだから、凄いと思わない?」 そこは威張る所なのだろうか、と考えつつも、そういえば、と二人はジョウイの姿を思い浮かべた。 目の前のこの少年もそうだが、ジョウイもかなり細い身体をしていたように思う。 身体を鍛え上げていた事も確かだろうが、まさかそんな裏事情があったとは、思いも寄らなかった。 そんな二人の前で、少年は不意に、はあ、と溜息を付いた。 「それなのに、まさかこんな風に太る日が来るなんて……」 「思い当たることは?」 聞いたフリックに、少年は、 「あるよ、勿論!」 と頷く。 「ハイ・ヨーの料理が美味しいから、つい食べ過ぎちゃうんだ、毎日」 「ああ、確かに美味いよな」 「俺もその気持ちは分かるが……」 「この間ジョウイに会った時なんてさ、あいつ、プッとか吹き出して、『太ったね』とか言うんだよ『太ったね』って!自分だってハイランドの皇王になんかなって絶対美味しいモン食べまくってるくせに、なんで僕だけ太るんだよ!!」 つーかお前らは親友じゃなかったのかとか、あの偽の和議交渉が行われた緊迫した場で頭二人はそんなことを暢気に話してたのかとか、二人の頭は否応なく痛み始めたが、そんなことを気にするようなリーダーじゃない。 「今度会った時は絶対に痩せてキュートさに磨きを掛けた僕を見せてやる。というわけで、ビクトールさん、ダイエット方法教えてよ!」 何が「というわけで」なのかはさっぱり理解出来ないが、ビクトールは再び首を傾げた。 「フリックの話を聞きたいって言ってたか?」 「うん!」 「何で、俺なんだ……」 「人から、放浪してた間のフリックさんがどれだけ痩せたかを聞いて、是非参考にしたいと思って!」 「……放浪してた間?」 フリックのこめかみに青筋が浮く。 「一体、誰に聞いたんだ、そんなこと」 「マクドールさん!」 満面の笑顔で言い切った少年に、フリックは頭を抱えた。 「……なんでアイツが、俺の昔を知ってるんだよ」 「え、聞いてないの?マクドールさんが国を出た後、二人のこと何回か見たみたいだよ。ダイエットしたいって話した時に、『だったらフリックを参考にしたらいい、ビクトールに聞けば分かるよ』って教えてくれたんだ」 二人の脳裏には、涼しい顔をして自分達の動向を見つめながら、『何やってるんだか』とでも言ってそうな元天魁星の顔が浮かんだ。 「……あいつなら」 「……やりかねない」 脱力したように呟いた二人に、尚も少年は迫る。 「どうしたら、痩せられる?!」 そんな少年に、フリックは大きく首を振った。 「あんなことは、口にするのも御免だ」 「ええ―――っ!」 不満そうに顔を顰めた少年を、じっと見遣って。 「ナナミの料理を食って痩せられるなら、そうしろ」 諭すように言った。が、それを不服としてか、少年は首を振る。 「ジョウイはナナミの料理を食べなくなっても太らないのに、なんかすっごい悔しいじゃないか!」 「……悪いことは言わない。いいから、言う通りにしておけ」 やけに真剣な声音で諭すフリックと、さりげなく視線を逸らし、何も言わないビクトールに、少年も何かしらの空気を悟ったのか。 「……そんなに、辛い思いをしたんだね、フリックさん」 「…いや。そんな料理を食い続けてきたお前もな」 二人の間に、見えない友情が芽生えたらしい。 がし、と手を握り合って。 「分かったよ、僕、ナナミに頼んで昔みたいに料理を作ってもらうことにする!」 少年は大きく頷いた。 「そうか、頑張れよ」 「うん!」 晴れやかなまでに笑顔で頷き、テーブルを離れて数歩。くるりと二人に向き直った。 「ああ、ハイ・ヨーはクビにするから、これからはみんな一心同体、僕と一緒にダイエットに励もうね!」 にっこりと宣言すると、彼らのリーダーは、じゃあねー!とさわやかに駆けていった。 ちっとも動きなんか鈍ってないじゃないか、と突っ込みたくなる程、素早く消えてしまったリーダーの爆弾発言に、ビクトールとフリックの二人は、手を振り返した姿勢のまま、見事固まっていた。 「……今のは」 「つまり」 「俺らにも」 「ナナミの料理を食え、と?」 「……殺人料理と、あいつが称する物を?」 「冗談だよな」 「嘘だと言ってくれ」 はははは、と乾いた笑いを交わし合うこと暫く。二人は現実逃避とばかりに酒を煽り続けた。 それが嘘でも冗談でも済まなかったことを知るのは、数時間後、朝食の時だった。 尚、この後暫く、同盟軍の兵士達は戦争どころの話じゃなくなったとかならなかったとか。噂にそれを聞いたジョウイが、気の毒がって出兵を差し控えたとかそうじゃなかったとか。 その中で。 「そんなにお姉ちゃんの料理が食べたかったなんて、もっと早く言ってくれれば良かったのにー!!」 「やっぱり、僕にはナナミの料理が一番だよ」 「えへへ、まだまだ一杯あるからね!」 「うん、お代わり!」 同盟軍最強の姉弟だけは、今日も元気だった。 合掌。 【 レッツ減量大作戦 / 幻想水滸伝 】 |