暮れの風景 幻想水滸伝

「この、暮れの慣習は何とかならんものか」
 ハイランド王国第四軍の将軍であるクルガンは、様々な形の箱を前に渋面顔だった。
「いいじゃねぇか。送りたいヤツには送らせておけば。で、今年は何かいいもん来てるか?」
 がさごそと包みを開けようといているシードに、「勝手に触るな」と声を掛けるも、言われた当の本人は知らん顔である。
「お、これ!カナカン特産のワインだぜ。珍しいな。お前いらない?そうか、じゃあ俺が貰ってやるよ」
 誰がそんな事を言った!
 クルガンの内心の声が届いたのか、シードがニヤリと笑った。
「冗談だって。後で飲もうぜ。当然、俺にも飲ませてくれるんだろ?」
 溜息をついたクルガンが、仕方ない、といったように頷く。
「それはかまわん。が、このような慣習は好ましくないな。ただでさえ戦に金が掛かるというのに、国から俸禄を貰っている人間が、この様な事に無駄金を使うとは……。全く、他に幾らでも使うべき所はあるだろう」
「なんだ、そんな事かよ。いいじゃねぇか、金の使い道なんてそれぞれが決めることだろ。一々細かい事気にしてたら剥げるぜ」
「誰がだ」
 憮然とした表情を見せるクルガンに、もう一つの箱を開けたはいいが、面白くも何ともないタオルだった為にそれを床に放り出したシードが真顔で言った。
「クルガン。お前は有能だ。俺は戦でしか役に立たないが、お前はそうじゃない。だから、お前にこうして付け届けでもしときゃあ大丈夫だ、なんて噂も自然と広まる。だからもし」
(気にいらんからって床に放り投げるな)
 シードが部屋に来てから何度目か分からない溜息をつきながら、床に落ちたタオルを拾って、それを几帳面に畳みながら先を促す。
「もし、なんだ?」
「お前が面倒くさいことから手を引きたいなら、俺を見習え」
「………あのな」
「俺を見てみろ。お前と同じ立場にありながら、俺にはこんな物は殆ど来ないぞ」
 何故か胸を張りながら自慢にもならないような事を大威張りで話すシードに、クルガンは頭を抱えた。
「私は今、そういう話をしているんじゃない」
「分かってないな」
「……何がだ」
(分かってないのは貴様だ!)
 クルガンの額に、幾つもの血管が浮いた。
「俺はお前を心配してるんだぜ?くっだらない事で一々悩んでその銀髪が白髪になっちまったら洒落にならないだろうという、この俺の優しい気配りが分からないのか?」
 そう言って、また次の箱に手を伸ばした。
「お、これも酒だ。だけど見た事ねぇな。どこのだ?」
 酒瓶を手にとって調べているシードには、何を言っても無駄だと悟ったのか、クルガンは執務机に向かった。
「何だよ、まだ仕事すんのかよ。もうこんな時間だぜ?」
 指差した掛け時計の針は既に十一時を差している。
「――私は有能だからな。お前と違ってやるべき事が山積みなんだ。分かったら邪魔せずにさっさと自分の部屋に戻れ」
 クルガンのイヤミも軽く受け流して、シードは先程のワインを片手に、部屋を出ようとしていた。
「ふーん、まだ仕事すんのか。じゃあ、これは俺一人で飲むわ。じゃな」
「シード!」
「何だ」
「……それは置いていけ」
「何で?」
 ニヤニヤと笑った顔をドアから半分だけ出して、ん?と問いかける。
「……分かった、飲もう」
 暫く逡巡していたが、結局折れたのはクルガンだった。執務机から離れ、ソファーにくつろぐ。
「そうこなくちゃな」
 得たり、とばかりに笑んで同じくソファーに座り、瓶と、いつの間に出したものやらグラスを置く。これもいつ出したのか分からないが、手に持っていたコルク抜きでワインを開けるシードに、クルガンは呆れ顔だ。
「全くいつの間に……そういう事だけは用意が良いというか、抜け目がないというか……」
「お褒めにあずかり光栄だ」
「褒めとらん」
「あ、そう。そりゃ残念」
 こんな会話も日常茶飯事。

 ―――が。今日はここからが普通ではなかった。

「聞いてるか、シード」
「ああ、聞いてるよ」
 シードはげんなりしていた。目の前にいるのは、いつもの冷静沈着な相棒ではない。
「大体な、おまえはこの国の将軍であるという自覚はあるのか?いつもいつもお前がしでかす行いの尻拭いを私がさせられているというのに、お前には全く反省の色が見られん」
「それはさっき聞いた」
「一度言ったくらいでお前の素行が直るなら、私がこんなに苦労せずとも済むのだ。良いから大人しく聞け」
「………分かったよ。はいはい。…で?」
「私とて、こんな事を言いたくて言ってるわけではない。だが、おまえがあまりにも情けないので仕方なく言っているんだぞ、分かっているか?」
(こいつ……何で今日に限ってこんなに絡みやがるんだよっ!)
 美味いはずの酒もちっとも美味くない。折角の上物だというのに、台無しもいい所だ。
 何度も何度も、壊れたレコードの様に繰り返される言葉は、耳にタコができるほど聞かされた。相当なストレスが溜まっていたのだろう。目つきがヤバイ。
 適当な頃を見計らって部屋を出ようと立ち上がったシードは、クルガンの冴えた視線に真正面から射抜かれた。
「何処へ行く?」
「あ、えーっと、そう!そろそろ寝ねぇと明日に響くだろ?だから部屋に戻ろうかな、と」
「まだ宵の口だぞ。いつもなら平気で起きている時間だろう。お前の大好きな酒もまだまだある。付き合え」
「だ、だけどな、その」
「――それとも何か、俺の酒が飲めないとでも?」

 ヤバイ。
 ヤバすぎる。
 背中に嫌な汗が伝うのを自覚して、シードは思わず天を仰いだ。
 クルガンが自分の事を俺と言い出した時は逆らうべきじゃないと、シードは身を以て理解していた。

 状況は今とは違う。酒が入っている訳じゃなかったが――。そう。あれは、ある辺境の制圧に乗り出した時の事だ。

 大した敵では無いと踏んで、そう多くの兵を連れて出たわけではなかった。
 第四軍の中でも、常に先陣を請け負うシードの直接部隊と、後方支援を任されたクルガンの隊だけの少数精鋭で向かったのだ。規模から言っても、充分だと踏んでの事だった。
 が、向こうの武力が調査時より格段に上がっており、思ったよりも激しい抵抗にあった為、被害が広がる前に一度軍を下げた方がいい、とクルガンは判断し。その通達を自ら知らせに行くと、シードは予想に違わず激しく抵抗した。
「こんな中途半端な状態で引くなんて冗談じゃねぇ!俺はまだまだいけるっ!」
 その間も部下への指示は止めず、自らも駆け出していこうとする。クルガンがその肩を掴み、一喝した。
「馬鹿を言うな!お前一人の我が儘で他の兵を危険に晒すつもりか!」
「うるせぇ!ここは俺の部隊だ!分かったらお前はとっとと後ろに戻りやがれ!」
 そう言ってクルガンの手を振り払い、まさに駆け出そうとした、その時だった。クルガンの表情が一変したのは。
「お前は、俺の判断が間違っていると?」
「判断云々じゃねぇよ。今そこに敵がいて、後少しで落とせるんだ。これを見過ごす馬鹿が何処にいる!この前線を請け負ったのは俺だ。お前にとやかく言われる筋合いは無い!」
 興奮したシードはクルガンの表情の変化にも気付かず、きつい瞳で睨み返した。その返答は。
「………そうか」
 短い一言。その台詞に、クルガンが納得したものだと思い、背を向けたシードの肩に、突如鈍く激しい衝撃が走った。
「ぐぁ……っ、て、てめぇっ!何しやがる!」
 利き腕の肩から強い痺れを伴った痛みが走ったために剣を取り落とし、苦痛の表情で振り返ったシードに、クルガンは冷めた視線を送った。
「作戦を立てるのは俺の仕事だ。お前の我が儘なんぞ知った事か」
 クルガンが鞘に入ったままの剣を手に持っているのを見て、それで肩を打たれたと理解したシードが、相手のいつもと違う表情に初めて気付く。
 クルガンはそんなシードから視線を外し、予想もしていない事態に青ざめながら様子を見守っていた副将にこう伝えた。
「全軍、一時退却。キャンプまで急ぎ戻れ。こいつもついでに引っ張っていけ。多少暴れようが構わなくていい」
 クルガンはそのまま微かな笑みを浮かべた。
「どうせ暫くは剣も持てないだろうから問題はなかろう」
 その瞬間、シードの背にはうすら寒い物が駆け抜けたのだった。

 この時、シードは一つ学んだのだ。クルガンの逆鱗に触れるのは得策じゃない、と。
 結局この後、シードは暫く剣を握ることも叶わず、制圧部隊は他の者が指揮を執ることとなった。当初の二倍の兵を以て再度臨み、クルガンの知謀によりハイランド側には殆ど被害らしい被害もなく、無事制圧も済んだのだった。
 確かにあのままであれば、自軍にもかなりの被害を出したに違いないと、シードも分かっていた。クルガンの判断は至極正しかったわけだが、痛む肩はそれで治まる訳もなく、不満は隠せない。その中には最後まで戦を見届ける事が出来なかったという理由が入っていたのは言うまでもないが。
 しかし。
 本来味方である人間に常ならぬ痛手を負わせられる事など、更に不本意極まりない。仕方なく、シードは大人しく城内にてリハビリに励んだ。
(クルガンの大馬鹿野郎!)
 心の中だけで不平不満を唱えつつ。

 今のクルガンはあの時を彷彿とさせる不穏な空気を放っている。
「だ、誰も飲めねぇなんて言ってないだろ!」
 じいっと自分を見据える、色素の薄い瞳。それを何とか気丈に見返していたシードだが、やがて諦めたように、ソファーに深く沈み込んだ。
「……分かった、付き合う、付き合えばいいんだろ」
 半分自棄になりつつ、シードは勢いよくグラスを煽った。
 その様子に満足げに頷いたクルガンは、また同じ様にシードに説教を始めたのだった。
(あーもー……マジで逃げてぇ……)
 だが、助けてくれる者など誰もいない。
 シードは内心でひたすら涙に暮れていた。



 翌年より暮れの慣習が廃止されたのは、ある将軍の進言によってだと言われている。
 どうやら第四軍の将軍だというのは確実らしいが、その内の誰かは未だ明らかにはされてはいない。

「もう、あいつとは酒飲まねぇ……」
「記憶が全く無いとは……不覚だ」

 二人同時に部屋にやってきて、その行為がいかに無駄であるかを高く力説した事を知っているのは、皇王ただ一人だったりする。

 酒は飲んでも飲まれるな。
 合掌。




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