木漏れ日 幻想水滸伝

 こんな天気の日には昼寝に限る。

 どこまでも高く広がった青空と、穏やかな風に流されていくぽっかりと浮いた雲を眺め、シードは瞳を閉じた。


「……シード」
 呆れたような声がどこかから聞こえてくる。シードはうっすらと目を開け、声の主を捜した。
「よぉ、クルガン」
「……『よぉ』、ではない。そんなところで何をしてる?」
「んぁ?決まってるだろ、昼寝だよ、昼寝」
「そんなところでか?落ちても知らんぞ」
「あ〜、大丈夫大丈夫。慣れてっから、俺」
 欠伸混じりにそう言ったシードは、そのままそこを動く気はないらしい。
 本人は大丈夫だと言うが、どう見ても危なっかしい事この上ない。何故ならば今現在シードのいる場所は、城の中庭にある背の高い木の上なのだから。
 しかも、慣れている、とは……。
 思わずクルガンが額に手をやった。
「全く、おまえは…自覚というものがあるのか?」
「あん?」
「この国の、将軍の一人であるという自覚だ」

 大体、シードの行動は突発的で、かつ無謀極まりない。
 街に降りれば、偶然遭遇したチンピラ達の喧嘩に喜々として乗り込んで行き、前線に出たら出たで、『ちょっと様子見てくるな』と、剣一本だけを携えた状態で出ていったかと思うと、何でもなかったような顔をしてフラリと帰ってくる。
 そう簡単に怪我を負うような男ではないと分かっていても、止める間もなく奔放に行動するシードは、クルガンにとって悩みの種だった。

 とは言っても、街のチンピラ達相手なら特に心配することもない。
 戦場で多くの武勲を立て、猛将と恐れられているのだ。そのシードが、粋がって街を闊歩しているだけのくだらない連中に、どうこうされる訳もないのだから。
 問題は、仮にも将軍職についている者がそんな連中とやり合う、という体裁の悪さにあるのだが、それも、迷惑を被っていたという人々から感謝されることもあり、一概に悪いとは言えないところだ。

 だが、敵の陣中真っ只中に出掛けていったシードの帰りが遅くなれば、クルガンや部下達がどれだけ心配するかという事など、少し考えれば簡単に分かりそうなものだ。

 ―――敵陣に近付き過ぎ、見回りの兵に見付かったのではないか。
 ―――よもや大怪我をして動けない状態になっているのではないだろうか。

 次々に浮かんでくる不吉な想像を端から打ち消し、努めて平静な顔を保っている事など何も分かっていないだろう呑気な顔。「あー、腹減った」となどと言って帰ってくるシードを見る度、クルガンの血圧は異常な数値を示しているに違いない。

「……全く、おまえという男は」
「別に良いだろ?今日は特に何もないんだしさ、こんないい天気だってのに部屋に籠もって書類と顔つき合わせてるなんてごめんだぜ」
 そういう問題ではない!
 クルガンの心の叫びなどどこ吹く風。シードは気持ちよさそうに、風に揺れる葉擦れの音を聞きながら再び目を閉じた。
「……シード」
 あまり体温の感じられぬいつもの声より更に冷ややかに響く声が、再び柔らかい眠りに入りかけたシードの体を起こした。
「な、なんだよ」
「おまえがそういうつもりなら、私にも考えがある」
「考え……?」
 声に怯えの響きが混じるのは――やはり長い付き合いなだけに、相手のことを良く理解していると言うことなのだろう。
「確か、明後日からおまえは休暇を取っていたな」
「あー?…っと、ああそうだったな。たまには家にも帰って顔見せねぇとヤバイだろうと思って……。って待て、おい!まさか休暇取り止めなんて言い出すんじゃねぇだろうな!」
 焦って身を乗り出したシードに、クルガンは、静かな口調で告げた。まるでそれが当たり前だと言うかのように。
「良く分かってるな。その通りだ」
「てめっ、何の権利があってそういう事するんだよっ!俺はおまえに休暇届出した訳じゃねぇってんだ!」
「……与えられた仕事もせず、こんな所でサボっている奴に四の五の言う権利があるのか?」

 しかしクルガンは、シードがサボっていること自体を咎めたいわけではなかった。
 人の心配を余所に行動するシードに、釘を差しておこうと思っただけだ。城の中だけでも自分の目の届く範囲にいさせるためには、仕事をさせておくのが一番都合が良いだけの話で。

「……うっ」
 一言だけ呻き、黙り込んだところを見るとシードにも一応の自覚はあるらしい。
「それが嫌なら、せめてこれからでも真面目に仕事をするんだな。それと、いつも言ってるが城下での喧嘩は御法度だ。この間の様な事はしてくれるなよ」
 つい先日の事を指摘され、シードは一応の反論を試みた。
「あ、あれはなぁ!あいつらが他の連中に迷惑掛けてたから、俺が納めてやっただけの話じゃねぇか!」
「それで、その場にいた全員に全治一ヶ月もの怪我を負わせてれば世話が無かろう。おまえは、このハイランド王国軍で将軍職を賜ってる者が街の民に乱暴を働いたという噂話を他国に広めたいのか?」

 正直に言ってしまえば、治安が良くなるなら、多少の鉄拳制裁も構わないと思っている。
 だが、将軍であるシード自らそんな行動に走っていいはずもなく、ましてや加減という者を知らないこの男の評判が落ちるのは、クルガンとしても本意ではなく。
 ただ、己の行動に自覚を持って欲しいが為に言っているだけで。

「……分かった、分かったよ。へいへい、言うとおりにすりゃいいんだろ。ったく、おまえは小姑かっての」
 口ではどうやっても叶わないシードが最後の一言だけは聞こえないようにボソリと呟き、木の上から器用に降りてくる。その様子を見守っていたクルガンが、地に足をつけたシードに一言。
「まるで猿だな」
「なにぃ?!」
 シードはその言葉に、目を剥いて食ってかかった。
 そんな分かり易い反応を返すシードが何の怪我もなく隣にいることに、クルガンは酷く安心する。

 都市同盟との停戦条約もいつまで続くか。
 いつかは、こんな穏やかな日々も過ごせなくなる時が来るだろう。
 だが、今は。
 今だけは。
 この暖かい日差しの中で、子供のように素直な反応を返すシードと共に。

 木々の間を渡る風が、葉の隙間から零れる光を揺らしている。草に落ちた光を踏みしめ、二人は執務室に戻っていった。

「大体なぁ、何でおまえが俺の休暇を管理をしてるんだよ!」
「私はおまえの管理も任されてるんだ。好きでこんな事まで引き受けているわけではない。おまえもそれが嫌なら、もう少し仕事に専念するんだな」

 賑やかな二人を見送るように、太陽も少しずつ西に傾いていった。




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