戦況は佳境に入っていた。 明日は、唯一残った帝国5将軍の一人、ソニア・シューレンの守る、水上砦シャサラザードを攻め込む手筈になっている。 ……結成当初、僅かな戦力しかなく、ただの『反乱軍』ととらえられていた解放軍。だが、今となっては多くの仲間と人数分の想いを抱え、そして、それ以上の、数多くの民の願いと希望を託されて。 帝国という、大きな存在すら飲み込もうとしている。 でも。 心のどこからか響いてくる警鐘。 ……嫌な、予感がする。 思わず、紋章を宿した右手を強く握りしめた。 これ以上、何かを失うのだろうか……。 オデッサさん、グレミオ、パーン、父さんにテッド。 それでもまだ、足りないというのか。 これ以上、僕は何かを失い、それを見ていることしか……出来ないのか。 ―――もう、二度と。 あんな思いは、したくないのに。 + + + 「ここは俺に任せて逃げろ!」 嫌だ、と言った僕の腕をフリックが掴む。 「こいつの気持ちを分かってやれ」 ……分からない。分かりたくもない。 僕が新たな国に必要で、ビクトールが必要じゃないなんて、そんな事あるわけない。 みんな同じ命だ。その価値に大きいも小さいもあるはずがない! 掴まれた腕を振り切って戻ろうとしても、フリックの力は緩まない。強く腕を引かれた。 「行くぞ!」 「ビクトール!!」 首を回して叫んだ僕の声は、この崩れる城の轟音の中で彼に届いただろうか。 フリックに引きずられたまま回廊を曲がる瞬間、もう一度振り向いた僕の目に、現れた敵と対峙するビクトールの姿が映った。 「危ない!!」 突き飛ばされた体を起こし顔を上げると、そこには腹部を押さえるフリックの後ろ姿。 「ばかやろう! 気を付けろ!」 フリックの指を一筋の赤い線が伝う。 「……フリック…」 やけに鮮やかに見えるその線が、やがて、雫をつくり磨かれた床に滴り落ちた。 「何ボケッとしてる! 早く逃げろ!!」 その声で我に返った僕に、フリックが諭すように言葉を紡ぐ。 「俺も後から行く……。おまえは先に行け……」 思わず目を剥いた。 フリックまでがこの中に残ると言う。 崩れ落ちる城の中、未だ残る帝国兵を自分達だけで倒そうというのか。 そんな、苦しそうな声で、痛みをこらえた状態で? 「駄目だ……そんな怪我をした体で、死に物狂いになってる彼らを倒すことは無理だ!僕もここに残る!」 「俺を信用しろ……大丈夫だ。おまえはオデッサの見込んだ男だ。こんなところで……死なせるわけにいかない」 フリックの言葉に体が凍った。 ……どうして? なんで僕なんだ? 僕の為に命を賭す必要なんて無い。 一番裁かれなければいけないのは、この僕じゃないのか。 僕の目の前で、多くの命が儚い炎となっていく。 僕には、それを見届けることしか出来ないというのに。 死地に向かわせた多くの命を償うべきなのは、僕じゃないのか――? 「早く行け、早くしないと、俺はここで自分の首を切るぞ!!」 剣を首に当てたフリックの声は、瞳は、ただの脅しじゃない。 僕がこのままここに留まっていたら、間違いなくその言葉通りにするだろう。 ……どうして………? ああ。 どうしようもなく心が震える。 ひどく、寒い。 指先から凍っていくような感覚と共に、それに侵された心が急速に冷えていくのが分かった。それが、僕を支配していく。 「――死ぬなよ、フリック」 漸くその言葉だけを口にして、その場を離れる。 フリックの声は、もう、僕には聞こえなかった。 黄金の都の象徴と謳われたグレッグミンスター城は、脱出した僕達の目の前で轟音をあげ、その壮麗だった姿を変化させていく。 それは、時代の変遷を告げる躍動の悲鳴だったのかもしれない。 どれだけ待っても、二人の姿は現れることはなかった。 勝利の鬨の声。 僅かに煙った空に人々の喜びの声が溶けていった。 お互いの殊勲を称え、喜び合う人達。 この先の事を話し合う、多分新しい国の中心となる人達。 ざわめく宴の音がとても遠くから聞こえる。 何を信じて、何に縋って、生きていけばいいんだろう。 僕はこれから、何と共に生きていけばいいんだろう。 ……孤独以外の何を求めればいいんだろう。 自分の命さえも危ういのに、あくまで先を見据えろと言った軍師。 僕に、生きろと、そう言って崩れる城に残った仲間。 嫌な予感は的中した。 全てが消え失せ、何もなかったことに出来るなら。 この瞬間、目が覚めて、元いた場所に帰れるなら。 ……許されるはずもない。 多くの血を流し、大勢の命を奪った戦争。 その、先頭に立っていた僕が。 そんな、甘い夢を見ることなど許されない。 この紋章が争いを引き起こし、命をかすめ取るというのなら。 一度だけ、荘厳な雰囲気さえ纏っている街を振り返る。 黄金の都と称された、豊かな街。 僕の愛した、僕が壊した故郷。 僕の大切な人の血で出来た、大切な国。 ―――― 月の明るい夜。 ―――― 一人の少年の姿が……闇に消える。 【 壊郷 / 幻想水滸伝 】 |