Crimson Red 幻想水滸伝

「分からねえよ」
「……」
「分からなくなった。俺が、何をしたいのか。何をしたかったのか」
「……シード」

 愛剣を抱き込んだまま俯いたシードの顔は、今にも泣き出しそうな顔をしていた。感情の起伏が激しく、自分の感情を抑える術を持たないシードには、そう珍しくはない事だ。
 だが、自分の信念に対しての弱気な発言を聞いたのは、長い付き合いのクルガンも初めてだった。
 国を守るために戦場を駆け抜け、民の穏やかな暮らしを守るために剣を振るう。
 それは、シードにとって当たり前のことで、また、昔からの夢でもあったはずだった。

 ――ハイランドの猛将。
 他国の戦士達からもそう呼ばれるシードは、数多の戦場を、先陣を切って駆け抜けてきた。その身をむせ返る程の鮮血で濡らしても、その剣で多くの命を奪っても。その先に、自分達の理想があると信じて。
 だが、今、ここにいるのは炎の強さをどこかに置き忘れてきたような、戸惑いに満ちた青年が一人佇むだけだった。

「俺は一体……どうすればいい?」


  + + +


 遠征から帰ってきた二人は、久しぶりに訓練場での手合わせに興じていた。
「くそっ……おまえ、剣はそんなに好きじゃないとか言ってなかったか?」
「好む好まざるに関わらず、この程度出来なくては将という立場にはいられんのでな」
「く……っ」
 広い室内に剣がかち合う金属音が鳴り響く。その俊敏さを生かして次々と剣閃を煌めかせるシードの攻撃を、最小限の動きで止めていくクルガン。
 その対峙は、静と動の対極を思わせる。
 刃を潰してある訓練用の剣とはいえ、攻撃が当たればそれなりの打撲は必至だ。が、軽口を叩きながらもその動きは真剣そのものだった。攻撃を仕掛けるシードも、また、それを止めているクルガンも額には汗が浮かんでいる。
「…はっ!」
「……く…っ」
 切り込んでいた剣を一度引き、渾身の力を込めてクルガンの脇腹を狙う。だが、それもすれすれの所でかわされ、固い音が響いた。次の瞬間には、力の行き場を失ったせいで浮いたシードの手首めがけて、逆にクルガンの剣が躍り込んでくる。
「……!」
 寸前に剣の柄ではじき返したシードは、間合いから一歩下がり、剣を構え直した。
 暫くの間、お互いの出方を伺って睨み合う事数分。静まり返る空間に、お互いの微かな呼吸の音だけが聞こえる。
 やがて、どちらからともなく利き足を踏み込むと、再び室内には金属音が響き渡っていった。

 ――そして、一刻も過ぎた頃。

「おい、クルガン!」
「なんだ?」
「なんだじゃねぇ!まだ勝負はついてねぇぞ!」
 幾度目かの睨み合いの後、いきなりスッと剣を降ろしたクルガンに、シードが抗議の声を上げた。対してクルガンは『もういい』、と言わんばかりにさっさと背を向け、剣を鞘に収め、元の位置に戻している。
「おまえのような体力馬鹿にこれ以上付き合ってられん。勝負はまたの機会にお預けだ。いいな?」
「いいな、って……俺がいいも悪いも言う前からさっさと片付けてんじゃねーかよっ!くっそー、またお預けかよ。俺は犬じゃねぇぞ!」
「……犬?犬の方がまだかわいげがあるというものだ」
 そうクルガンは呟いた。しかしその呟きは幸いにも、シードの耳には入らなかったらしい。
「ん?今何か言ったか?」
「いや」
 クルガンの無表情な声に一つ首を傾げてから、思い直したように向き直った。
「いいか、次は絶対に勝ってやるからな!」
 びしっと指を突きつけて宣言するシードに、溜息をつきつつクルガンが答える。
「……まぁ楽しみにしておこう。おまえのその台詞も幾度聞いたか覚えていないがな」
「うっ……畜生、見てろ、今度こそ勝ってやる!」

 実際、こうして手合わせをしてもいつも決着は着かず仕舞い。大抵クルガンが、ある程度の所で切り上げることが多かった。
 シードにはどうもそれが悔しいらしく、『打倒クルガン!』に燃えているとかいないとか。しかし今回もその夢叶わず、ブツブツと文句を言いながらクルガンの後を追って剣を片付けている。
 そんなシードの後ろ姿を、分かる人にしか分からない薄い微笑を浮かべてクルガンが眺めていた。
「よっと、じゃ、シャワーでも浴びに行くか。すっかり汗かいちまったしな。…っと、何笑ってるんだよ」
「いや、何でもない。行くか」
「……ああ……?」
 クルガンにとって、この親友の無邪気さは見ているだけで微笑ましいものだった。だが、そんな事を口にしようものならまた怒り出すに決まっている。
 出来るだけ面倒事は避けたいクルガンとしては、黙っていることが最善の処置だった。


「あ〜あ、ったくよぉ、何かこう、納得いかねぇんだよなぁ」
 まだブツブツ言っているシードに、クルガンは溜息をつく。
「おまえの取り柄は切り替えが早いことではなかったか?」
「ふん、この悔しさがおまえに分かるか。いっつも途中でさっさと片づけやがって。俺はな、剣でおまえを負かすことだけを目標に生きてるんだ」
「……あのな」
 仮にも一隊を預かる将の言葉か。クルガンがそう言いかけ、だが、途中で口をつぐむ。
「どうかしたか?」
「……静かにしろ」
「何だよ…突然」
 ちょうどシャワー室のドアを開けた時、中から僅かに声が響いてくる。
「お、先客ありか」
「シード、ちょっと黙っていろ」
「……?」
 納得行かないながらも、クルガンの真剣な声音にシードもただならぬ様子を悟ったのだろう。大人しく黙り込んだ。
 シャワー室のタイルに反響し、聞こえてくるのは見知った兵士の声だった。
 ……どうやら、中の兵士達は二人が入ってきたことに気付いていないらしい。クルガンが腕を組み、僅かに顔を顰めて中の話に聞き入っている。それに倣い、同じようにシードも耳を懲らした。

「……だろ?それが本当だとしたら……」
「ああ……自軍を犠牲にしてまで……」
「何で子供なんだよ……」
 聞き取れたのはその言葉だけ。
 だが、その言葉だけでも十分だった。
『自軍を犠牲に』『子供』―――。

「おい、今のどういうことだ!」
「……シード!」
 クルガンが止める間もなく、シードが派手な音を立ててドアを開け中に入ると、驚いたような兵の声が返ってくる。
「……シード様と……その声は…クルガン様……?」
 中は個室に分かれている所為で兵士達の顔は見えないが、突然の闖入者に戸惑いと怯えを感じていることだけは分かる。
「今の、どういうことだよ。自軍を犠牲にって……まさか、このハイランドが、とか言うんじゃないだろうな」
 興奮するシードの肩にクルガンが手を置き、
「少し落ち着け」
 そう、言葉をかけてから、中の兵士達にも静かな声で告げた。
「今の話を詳しく聞きたい。悪いが急いで出てきてくれるか」
「クルガン、何落ち着いてるんだよ!」
「ここで話して良い事ではないくらい、おまえにも分かるだろう。……勿論おまえ達もだ。例え単なる噂話に過ぎないとしても、誰が聞いているかも分からないこのような場所でするものではない。いいな?私の執務室で待っている」
 有無を言わせぬ口調でそれだけ告げると、シードを連れてその場を離れる。
「おい、クルガン!」
「いいから来い」
 まだ何か言いたそうにしていたシードも、早足で歩いていくクルガンの厳しい顔を見て小さく頷き、その後を追った。


「……では、聞かせて貰おうか」
「は、はい」
 執務机に肘をついたクルガンの無表情な瞳に晒された兵士は、怯えたように一礼してから口を開いた。
「あ、あの……どこからお話しすれば宜しいでしょうか」
「最初っからだよ。自軍を犠牲にってのは……一体何のことなんだ」
 クルガンの机に寄りかかり腕を組んだシードは、苛ついたように声を荒げる。戦場にいる時と同じ様な苛烈な瞳を向けられ、兵士はびくりと肩を震わすと、視線を避けるように俯いてしまった。それを見てクルガンが溜息を付き、シードを窘める。
「シード、この者には非はないだろう」
「……チッ」
 ばつが悪そうに横を向くシードをちらと見遣ってから、仕方なさそうにもう一度溜息を零すと、クルガンは先を促した。
「おまえ達が先程話していた事、あれは事実か?」
「は、いえ……私の訓練生の頃の同僚が白狼軍に籍を置いているんですが、その友人に聞いたことなんです」
 ――白狼軍。
 その言葉を聞いてクルガンとシードが顔を見合わせる。
「続けろ」
「はい。……あの、お二方は、ユニコーン少年隊がジョウストン都市同盟の奇襲を受けて全滅した事は、覚えてらっしゃいますでしょうか」
「当たり前だろう!あんな子供達の野営を狙うなんて、都市同盟の奴ら絶対に許せねぇ!」
「そ、その……奇襲なんですが……」
「何だ?」
「都市同盟ではなく……白狼軍、つまり皇子の命で行われたこと、だと……」
 兵士の声は、語尾は殆どかき消えたように小さくなっていく。シードとクルガンの顔にも動揺が走った。
「な、何?!」
「どういう事だ」
「……都市同盟との和平に納得できなかった皇子が…その……」
「……そうか、分かった」
 最後まで言葉にすることは叶わず、俯いてしまった兵の言葉を受け、クルガンが頷き、納得したように深く息を吐くと。
「おい、クルガン! 何が分かったってんだよ!」
 詰め寄るシードの腕を払いのけ、変わらぬ無表情のままで口を開く。
「分からんのか?ユニコーン少年隊を壊滅させ、それを都市同盟が行ったことにすれば、我が軍の少年兵達に心無い行為を行った都市同盟に対する我々国民の怒りを煽ることになり、当然和平も解消となる。堂々と敵に攻め込む理由が出来ると言う訳だ」
「……そ、そんな馬鹿な事が…」
 握りしめたシードの拳は、小刻みに戦慄いていた。
「ルカ様は……そこまでして……」
「ルカ様が都市同盟との和平に不満を持っていたことは知っていた。だが……」
 二人の顔が苦痛に歪むのを見て、兵士はただ俯く。

「……あの」
「……何だ」
「……その同僚が…俺、いえ私に口を滑らせたのは訳があるんです……」
 重い空気の沈黙を破ったのは、先程まで俯いていた兵士だった。クルガンが無言でその先を促す。
「……ユニコーン少年隊は壊滅しました。ですが、二人の少年が生き残った事は…ご存じですよね」
「ああ……ジョウイ様、だな。それとその友人の……」
 クルガンがそう頷いた。
「少年達が生き残ったのは誤算だったそうです。追いつめられ、崖から下の川に飛びこんだ二人が生きているとは誰も思わなかった」

 シードは、拳を握りしめ、無言のままだった。
 彼にとって守るべきものは国民。
 このハイランドに生きる全ての命。そして緑、空気。
 その為に、今まで剣を取って戦ってきたのだ。ハイランドの命を守る為に。
 だが、実際に王国軍がした事は、何だというのか――?
 突きつけられた現実にただ、拳を震わすことしか出来なかった。

「その同僚は、ジョウイ様が現れたことに酷く怯えていました。滝に飛び込む直前、ジョウイ様と武器を合わせたそうなので……。それで、私と酒を飲んだ時に……」

 ユニコーン少年隊の生き残り。
 その事は勿論知ってはいたが、それが自軍によるものであると分かっていて、あの少年は何を思い、ここまでの課程を歩き、今の立場に立っているのだろうか。

 しばらくの沈黙の後、クルガンが静かに告げた。
「……話は分かった。が、この事は誰にも口外してはならん。その同僚にも、そして先程話していた兵士にも、一切の口外は無用と伝えておくように。いいな?」
「は、はい。分かりました」
「では、下がってかまわん」
「はい、失礼いたします」
 ピシッと姿勢を正し、一礼して下がっていく兵士を、二人は見るとはなしに見送った。ただ、重い沈黙だけがその場を支配していた。


 クルガンの執務室に二人以外の姿が無くなった後、ずるずる、とシードが床に座り込む。
「…はは、ははは………」
 室内に、シードの渇いた笑いが響く。
「ユニコーン少年隊、か……。俺達が、躍起になって都市同盟に攻め込んでたのは…一体、何だったんだ?」

 一方的に停戦条約を破り、攻め込んできた都市同盟に、死んでいった少年達の魂の償いをさせるため――。その為に、再び剣を振るうことになったはずだった。
 だが、事実はそうじゃないと聞いた今。体中から力が萎えていくのが分かる。
 守るべき民に刃を向けたのは、最も民を守るべき立場にある王族。

「自軍のガキを殺してまで続けなくちゃいけない戦争って何なんだよ!ちくしょうっ…狂ってやがる……!」
「シード」
 声を荒げたかと思うと、次の瞬間には力を無くす。まるで、シードを支えていた何かがぷっつりと途絶えたようだった。

 人が人を傷付け、殺し合う。
 その行為に痛みが伴わない訳じゃない。
 だが、何かを守るために。
 大切な何かを失わないために。
 ただ、それだけを信じて駆け抜けてきた。

『今まで手に掛けてきた命が、本来そうするべき物じゃないとしたら?』

 沸き上がる自問。
 そして、己の根本を覆す心の声。

 ……元々そんな物は無いのかもしれない。
 人が人の命を摘み取ることに、所詮正義など存在はしない。
 己が振るう剣は、所詮人を傷付け、失わせる物でしかない。

 シードが、愛剣を抱き締めるように深く抱えて、深い絶望を宿したような声で、ポツリと零した。

「もう、分からねえよ」


  + + +


「おまえは、どうしたいんだ?」

『俺はどうすればいいんだ』
 そう自問したシードに、クルガンが静かに問いかける。
「俺は!俺は……っ、この国が好きで…みんなが好きで……」
「ああ、知ってる」
 深く頷いたクルガンの声を聞き、シードが泣きそうな瞳で見上げる。訓練生の頃からいつも一緒にいた親友は、底の深い瞳でシードを見下ろしていた。
 冷血、と恐れられるクルガンの瞳が時に優しく感じられるのは、長い付き合いのシードだからこそなのだろう。
「俺が……今までこれを…この剣を使ってきたのは間違いだったのか?俺は、守りたいものを守る方法を間違ってたのか?」
「シード」
 シードの心が悲痛な声を上げ、己に対する猜疑心を増長させていた。真っ直ぐな気性は時には鋼のように強く、時には脆い側面を映し出す。
 こんなものがただの弱音に過ぎないと分かっていても、今は目の前の親友に吐き出すことしかできなかった。
「わからねぇんだよ……。俺は、この国が好きだ。この国に暮らすみんなが好きだ。だから、この国の軍人として、出来るだけの事はしてきたつもりだった。みんなを守るためには、この剣を振るうことが一番いいんだと思ってきた。でも、単に上に踊らされて、奪わなくてもいい命までも奪って来たんだったら?この地を荒廃に導くために、その為だけにこの剣を血で濡らして来たんだとしたら……」
「……それは違う」
「でも!」
 未だ床にしゃがみ込んだままのシードの前に、クルガンが膝をつく。まるで幼子をあやすかのように頭に手を置き、瞳を覗き込んで静かに言葉を紡いだ。
「おまえがしてきたことは間違いではない。おまえがこの国を想い、民を想って行ってきた事は決して間違っていない」
「だけど……実際に……」
 俯くシード。
「ああ。だから、それが正しい思想の下に行われていれば、だ」
 キッパリとそう言ったクルガンは、一人の少年の名をあげる。
「その為に、我々はジョウイ様についたのだろう?」

『僕には欲しいものがあるんです』
 シードの脳裏には、哀しげな笑みを浮かべる一人の少年の顔が浮かんでいた。

 シードが顔を上げる。
「クルガン……。俺は、やっぱりこの国を守りたい。みんなを守りたい」
「それが答えか?」
「ああ……。この気持ちに嘘はないから。奪ってきた命の償いはいつか考える。今は、やらなきゃいけないことがあるからな」
「……そうだな。今は後ろを振り向いてる余裕はない」

 人の心には許容量がある。
 その想いの全てを内包するには、人の心というのは脆すぎるのだ。
 何かを目指して進むためには、過去のことを悔やんで踏みとどまっていてはならない。
 本当に欲しい何かがあるとすれば、それを達するまでは余計な感情を心の奥底に閉じこめることも、また必要なことなのだ。

「ジョウイ様の望みは……平和な地を手に入れることだよな」
「ああ。その為に……戻ってきたんだろう、この国に」

 信じていたものに裏切られた少年が、ここに戻ってきたのは全てその為。

「ジョウイ様と話がしたい」
「分かった。行こうか」

 シードの真っ直ぐな瞳と視線が合ったクルガンは、ただ、静かに頷いた。



「聞いたんだね」
「……はい」
 突然訪れた二人の話を聞き、少年は、寂しげに微笑みを頬に浮かべると、静かに頷いた。
「そう。あれは都市同盟の仕業なんかじゃない。ルカ様の企てたことだ」
 改めて少年当人の口から聞き、二人がもう一度息を飲んだ。
「信じられなかった。嘘だと思いたかった」
 ジョウイは窓辺に行き、外を眺める。
「僕達は滝に飛び込んだ後、それぞれ別の人に助けられ、キャロに戻った。でも、そこで待っていたのは僕達二人が都市同盟のスパイで、仲間達を売ったと言う濡れ衣だった。裏切られたのは僕達だったのに、信じてくれたのは親友の姉さんと同盟軍の人たちだけだった」
 淡々と語られる事実に、二人は言葉を挟むことも出来ずただ耳を傾けるだけだった。
「この国は僕達を排除する事を望んだんだ」
 閉じられた瞼。微かに震える声。だが、次の瞬間、少年はどこか懐かしげな憧憬を映した瞳をガラスに映した。
「それでも、ここは僕達が育った国で、僕達が帰ってきたい場所なんだ」

 僅かに残る赤い陽が、少年の横顔を染める。
 窓の外には遠く広がる山々。
 ここからは見えないが、きっと、少年の瞳に見えているのは故郷の街だったろう。

「僕は、優しい世界が欲しかったんだ。僕達が、みんなが笑って暮らせる、争いのない平和な世界が欲しい」

 ―――その為ならどんなことでもしてみせよう。

 そう言って振り向いた少年の瞳には固い決意が浮かんでいた。
「このままルカの思い通りにはさせない。ただその為に、僕は今ここにいるんだ」
 一瞬、その瞳が昏く光る。
「改めて聞く」
 真っ直ぐに二人を見つめ、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「僕に……協力してくれるかい?」
「……御意」
「……はい」


 与えられた運命とは何だろうか。
 何かに抗い、背いたとしても捨てられないもの、そして想い。
 人が想いを遂げようとする時、何かを犠牲にし、何かを失う事もある。
 だが、それでも前に進むことを躊躇うことは出来ないのだ。
 ただ、それぞれの想いのために。

 人は、それを運命と呼ぶのかもしれない。



 やがて部屋を退出したシードは、低く呟いた。
「国を守るためには……何だってする」
「……ああ。このままでは……残るのは荒廃のみだ」
 クルガンの言葉を聞き、シードが顔を上げる。
「クルガン」
「何だ」
 立ち止まったシードの、次の言葉を待つクルガンの耳に入ったのは、いつもと変わらぬシードの声だった。
「いや…何でもない。いいんだ」
「シード……」
 今までと変わらぬ決意で新たなる道を踏み出した二人の瞳には、もう、迷いはなかった。


  + + +


 ルカ皇子の最期。
 それを聞いた時、シードは誰にともなく呟いた。

「……俺達は…引き返せないんだ」

 愛剣を引き抜き、刃に映した瞳は鮮烈な赤。
 真紅の血の色。

 そして、シードは静かに剣を戻した。

 ――そう。本当の答えが出るのは、これから。




【 Crimson Red / 幻想水滸伝 】