JUNK ART 幻想水滸伝

 慌ただしい日常の中にも、妙に時間がポッカリ空いてしまうという時がある。
 新生同盟軍が一人の少年をリーダーに擁立し、結成されてから半年が過ぎた頃が、丁度そんな時期だったらしい。
 大きな戦争中とは思えないほどの穏やかな空気が本拠地を包み、鳥のさえずりや子供達の遊ぶ声などが聞こえてくるその光景は、完全な平和と錯覚してしまいそうなくらいだ。

 そんな、ある日のこと。


「おい、カミュー!」
 駆け込んできた青い制服に身を包んだ親友の顔を見上げて微笑むのは、元マチルダ赤騎士団長。
「どうしたんだ?そんなに慌てて」
 いきなり部屋に闖入してきた相手に驚くでもなく、穏やかに返事をした。
 元来からそういった性格なのか、カミューが慌てふためいた姿と言うのを目撃した人間は、ここ同盟軍の本拠地だけでなく、マチルダ騎士団に籍を置いていた者の中にも一人としていなかった。いつも優雅に穏やかに。それを自然にこなせるというのも、一種の特技だろうか。
「どうしたもこうしたも……」
 対して、顔を赤くし、勢い込んで話し始めようとする背の高い男は、元マチルダ青騎士団長、マイクロトフである。
 巷ではこの2人を並べると絵になるとか何とか、女性達の間ではとかく人気があるらしいが――この際それは置いておこう。

「ナナミ殿が呼んでいる」
「……ナナミ殿が?」
 その名を聞いて、一瞬にしてカミューの顔色が変わった。
「で、何と?」
「……今すぐ二人で厨房に来るように、との事だ」
 小さく溜息をついてから、机に向かって座っていたカミューが立ち上がり、頷いた。
「分かった。では、行こうか……」
「ああ、そうだな……」
 僅かに肩を落としつつ、ドアを開けて出て行くその背には、
『諦め』
 の二文字が浮かんでいたとかいないとか。


  + + +


 遡る事一週間前。
 朝が異常に早いため、夜は早々にベッドに潜り込むマイクロトフが、珍しく夜中にカミューの部屋を訪れていた。
「大体カミュー、お前は朝が遅すぎるぞ!」
 おまえが早すぎるんだよ。カミューは内心そう思ったが、口にはしない。

 何でこんな時間にマイクロトフが現れたかというと、単に、カミューが昼間はリーダーのお供で出掛けていて、掴まらなかった所為だ。
 最近、早朝訓練のメニューがマンネリ化しているせいか、騎士団の連中がだらけているような気がする、と思ったマイクロトフが、他にいいメニューはないだろうか、とカミューに相談に来たというわけである。

 いつもなら寝ている時間までわざわざ起きて待っているなど、生真面目なこいつらしい。そう思ってカミューが微笑むと、突然先程の台詞がとんで来たのだ。

「でもね、だらけているように見えるのはおまえの気のせいじゃないか? 良くやってると思うよ? 青騎士達は」
 自分の朝が遅い、と指摘された事には肩を竦めるだけで返し、話を戻す。
 実際この異様に早起き、異常なまでの寝起きの良さを誇る(本人は誇っているわけではないだろうが)マイクロトフを団長とした元青騎士団の騎士達は、文句も言わず早朝訓練に勤しんでいるのだ。
 多少の眠気が見えたところでそれは無理もないだろう、とカミューは思って言ったのだが。
「いや。最近緊迫した状況がないから精神的にたるんでいるんだ。ここは気合いを入れるためにも……」
 何をどうしても生真面目なマイクロトフは、カミューの助言も耳に入らないらしい。脇を向いて小さく吐息をつくカミューに気付かず、熱のこもった口調で語っている。
 普段そう口が回る方ではないのに、こういう時だけは良く喋るな。
 顔には普段通りの穏やかな笑みを浮かべつつ話を聞くカミューは、笑顔の裏でそんな事を考えていた。
 その時。

 ぐぅぅ〜〜……

 突如、その場に響く間抜けな音。
「お腹が空いたのかい? マイクロトフ」
 カミューが顔を赤くした友人に聞くと、何かを言いかけて口を閉じてしまった。その顔が可笑しくてついつい頬を緩ませたカミューが、黙ったままでいる友人の肩を叩いて促す。
「私も何か食べたいな、と思っていたんだ。ちょうどいい、一緒に厨房に行ってみようか」
「……こんな時間に食事をしては体に良くないだろう」
 夕飯の時間からは大分経っている。いつもなら寝ている時間だからお腹が空くこともないだろうが、マイクロトフの活動活発な胃が空腹を訴えるのも無理はない。
 が、規則正しい生活を何よりのモットーとしているマイクロトフの口から出た台詞も、非常に彼らしいものであったが――。
「でも、我慢して布団に入っても、きっと眠れないよ? そんなに量を食べなければいいだけの話だから。ね、付き合ってくれても良いだろう?」
 こういう言い方をすれば嫌とは言わないことを承知しているカミューが、ゆったりと微笑んで部屋を出た。
 ……結局、マイクロトフもその後に付いて、歩みを進めた。


「あれ〜? カミューさんとマイクロトフさんだ、こんばんはっ!」
 明かりがついている厨房に、首を傾げつつも入った二人を迎えたのは、ここのリーダーである少年の姉だった。
「こんばんは」
 少々驚きつつも、カミューはそれを表に出さずにこやかに返事をした。マイクロトフもいつもの表情で、同じく挨拶をする。
「こんな夜も遅くにどうしたんです? あまり夜更かしをすると、せっかくの綺麗な肌が荒れてしまいますよ?」
 カミューが笑顔のまま、ナナミに問いかけた。時計の針は一時を軽く回っている。一般的に若い女の子がうろついてる時間ではないだろう。
「え、えーとね。ちょっと……」
 後半の台詞をサラリと聞き流し言い淀んだナナミの手元を見ると、どうやらそこで調理をしていたらしいことが分かる。
 ……まあ、厨房でする事と言ったら冷蔵庫を漁るか(二人の目的のように)、調理をするかのどちらかだろうが。
 調理台の上には先程完成したばかりなのだろう、湯気の立った料理が並んでいた。
「料理をしていたんですね。ほう、これはまた、随分と美味しそうだ」
 ね、マイクロトフ。
 そう言ったカミューの声に、ナナミがぱぁっと顔を輝かせ、嬉しそうに微笑んだ。
「ほんと?! 本当にそう思う?!」
 マイクロトフもナナミの顔を見て、ぎこちないながらも返事をする。
「あ、ああ。美味そうだな」
 目の前にタイミング良く現れた実験台、もとい二人の姿を目の前にして、その後にナナミの口から出てくる言葉は決まったようなものである。
「じゃあ、これ食べてくれる?」
 少女の天使のような微笑みを前にして、断れる男がいたらお目にかかりたい。それほどに、今のナナミは可愛らしく可憐だった(OPムービー参照)。

 虎穴に入らずんば虎児を得ず、じゃなかった、飛んで火にいる夏の虫。(これだ!)
 哀れ二人の男は、今まで料理対決に出席したことがなかった。彼らは、ナナミアイスもナナミケーキも食したことがなく、また、幸か不幸か、その噂を耳にしたこともなかった。
 知らぬが仏。
 嬉しそうな顔をするナナミにつられ、つい笑顔になってしまった二人の運命や如何に。

「それでは、いただきます」
「いただきます」
 本来ならば、軽く何かをつまむだけだった予定が、きちんとテーブルにつき、ナナミの運んでくれた料理を前にお行儀良く挨拶をする2人の姿。
 にこにこと笑うナナミを前に、スプーンを取り上げ、湯気の立つ料理を口に運び……。それを口にした途端、仲良く二人の動きが止まった。

「ね、ね、どう??」
 ナナミは、期待に満ち溢れた目を輝かせている。
 その様子からは、かなりの自信作であったことが伺えた。
 が。
 見る見る内に青くなっていく二人の顔色は、何よりも雄弁にナナミの料理について語っていたのではないだろうか。
 しかしさすがは、婦女子をたて、それを守らんとする騎士の鏡たるカミューは、すぐに笑顔を作った。
「美味しいですよ」
 しかし、その顔色は相も変わらず青いまま。冷静に見れば説得力も何もあったものではないが、言われた当の本人はよくよく素直な性格らしく、単純に喜んでいた。
「ホントー!? わー良かった!嬉しいなぁ。まだまだあるからたくさん食べて!」
 ヒクリ。
 僅かにカミューの眉が上がったのを気付くような人間は、この場には存在していなかった。

 一方、カミューほど世渡りが上手くなく、いや、はっきり不器用な生き方しかできないマイクロトフは、苦悩の縁に直面していた。
『こ、これは……っ。こんな物を食べたのは初めてだ。でも、ここで不味い、と言おうものならナナミ殿は悲しむだろう。しかしっ……。ああ、今すぐここで、俺もカミューのような性格になれたら!!』
 どんな性格になろうと、今ここに並べられている見た目も匂いもさほど悪くはない料理は、消えて無くなるわけではない。
 だが、『頼む。消えてくれ……。もしくは俺を今すぐ喋れなくしてくれ……』と目を閉じて祈る姿は、見ている方が悲痛な程だ。
 騎士としての誇りが、目の前の料理を残して席を立つことも、けなすことも良しとせず、胃が痛くなる思いだった。その上、目の前の少女は『美味しい? ねぇ、美味しい?』と言わんばかりの期待に満ちた目で見つめてくるから尚更である。
 その輝きに満ちた目を持つ少女に対し、いかな不器用と言えど、マイクロトフに可能とされた言葉は一つだけだった。
「う、うむ……旨い」

 この時のマイクロトフが、僅かに涙目になっていたのを、隣のカミューは見逃さなかった。
 そうしてお互いの不運を嘆きつつ、目の前の少女の顔を曇らせぬよう料理を口にする事が、今出来る唯一の事だった。
 ただ、早くこの場から逃れたい一心で。

「ご……ごちそうさまでした………」
 漸く全ての皿を空にし、潤んだ瞳で礼を告げる二人。
 残さず綺麗に食べてくれたのが相当嬉しかったのだろう。ナナミは輝くような笑みで言った。
「今ね、暇でしょ? だからね、美味しいもの食べさせてあげようと思って修行してたの! また今度も、二人に味見をお願いしてもいいかなぁ」
 思いも寄らぬ爆弾発言に目眩が起こるのを感じながら、カミューが辛うじて笑顔で答えた。
「食べさせて差し上げたいとは……リーダー殿にですか?」
「うん! 最近、私の料理食べさせてあげてなかったし、せっかくの時間を利用して、パワーアップしたナナミちゃんの料理をお腹一杯食べさせてあげるの!」
 思わず口を噤んでしまった二人の胸中は、この凄まじい料理を今まで食べていたというリーダーに対する尊敬の念で一杯だった。

 そして、不運にもこの場に来合わせてしまった二人の騎士は、当然ナナミの申し出を断ることなど出来なかったのである。


  + + +


 そして夜な夜な繰り返されていたナナミ料理発表会も、漸く終わる時が来た。
 二人が痛む胃を抱え厨房に向かうこと、十回を数えようかという時。ナナミの部屋を訪ねたリーダーが姿を見えないのを不審に思い、城中を探し回って、たまたまその現場を押さえたのだ。
 心の底から気の毒そうな表情で二人に労いの言葉をかけたリーダーの計らいにより、この日からナナミの厨房立ち入り禁止令が出され、カミューとマイクロトフには、特別休暇が与えられたという。

 その後、同盟軍が兵士達に存分な休息も与える余裕なく戦果を挙げていった理由を知る者は、同盟軍リーダーと、元マチルダ騎士団長二人だけだった。


  + + +


「『小人閑居して不善を為す』って、ゲンカクじいちゃんに聞いたことあるからなぁ……。もちろん、ナナミは色んな意味で僕にとってはいいお姉ちゃんだけど……暇は、ない方がいいみたいだよね……」
 広いベッドの上で一人溜息をつく少年の姿を目撃したのは、窓から柔らかい光を投げかけるほんの少し欠けた月と、たまたま部屋に入り込んでいたムクムクだけだった。
 そして少年は、不思議そうに自分の方を見ているムクムクのつぶらな瞳を見て、もう一度深い溜息をついた。




【 JUNK ART / 幻想水滸伝 】